自転車を走らせていたら、地面に吹き溜まっていた桜の花びらが、私を包み込むように舞い上がり、ひととき別の世界に誘ってくれた。運河には花筏を作り、散って尚美しく漂いながら流れて行く。何を思いだしたのだろう、散っていった人を思い出したのだろうか、単なる日常の場面なのに、こみ上げる熱いモノを感じふと涙が。余命のない病を押して味噌汁だけは、そう言って台所に立っていた母の後ろ姿、立つのが辛い時も、仕事に山に出かける私を必ず玄関で「行ってらっしゃい」と送ってくれた妻の精一杯の笑顔。母を亡くし、妻を亡くし、友も亡くした。長く生きればそれだけ思い出も溜まり、様々な場面で蘇ってくる。病や仕事、周囲の辛い出来事や、自分に降りかかった多くの事が、ふと蘇り胸を締め付ける。音楽を聴いて、泣く。風景を見て泣いてしまう。そんなことあり得るの、以前はそんな風に思っていたかも知れない。涙は、辛くても楽しくても、沢山の思いを抱きながら時々を精一杯生きてきたことの証なのかも知れない。