延々と低い山並みが続く房総。低山故に顕著な尾根筋は少なく、入り乱れた山道に惑わされ方向を見誤る。人が歩けそうな所には必ずそこを知る人だけが歩いてゆく踏み跡がある。よそ者の為の道はほとんど無く、目印はその人だけに意味がある。一旦踏み込んで方向を誤ったら最後、迷宮に入り込む。更に難しくしているのは渓谷である。どこの谷もU字状に掘れた平坦な渓谷で、決まってナメ床が延々と続き側壁は高く、蛇行を繰り返して人の行き来を阻む。壁は地層をむき出しにして太古の模様を描き、大地の鼓動と計り知れない栄久の流れに感動さえ覚える。その渓谷にトンネルを掘り川の流れを変え、滝に足場を刻み、そこを生活の場とした先人の足跡を発見するとき、人の労力と生身の偉大さを知る。充ち満ちた自然ではない、人々と隣り合わせでいながら頑なに人を拒んでいるような野山。房総に冬山はない、ただ冬ざれと寒空があるだけ。そこには迷宮におそるおそる足を踏み入れる冒険心と好奇心を満たしてくれる不可思議な魅力がある。物事は表裏一体、表と裏から無邪気に眺められる柔らかさを持つ者だけが房総の山と渓谷で嬉々として遊べる。