酸ヶ湯の裏手、千人風呂を見下ろす登山口の脇に雪に埋もれて頭だけ出した鳥居がある。その脇に天幕を張って八甲田山の冬合宿を行ったのが2000年の正月。初めての冬の八甲田山であった。硫黄岳山頂で雪混じりの厳冬の風に吹かれて洗礼を受け、横岳山頂からの樹氷群に胸打たれ、雲の中を滑るようなパウダー滑降に酔いしれた。大岳山頂から北に滑り込み氷塊のような大岳避難小屋や樹氷の原がどこまでも続く裾野の雄大さを実感して酸ヶ湯沢から天幕に戻った。夢のような3日間であった。それから妻と二人で16年間で14年冬の八甲田山に通った。後半の7年間は単独であった。一人で黙々と辿る風雪の道の彼方に悠久のアルカディアがあると信じて。魅力は通った年月の重さで語る事としよう。妻が亡くなって八甲田山は思い出になった。そんな時、初めての人たちとの八甲田山。通い慣れた山毛欅林や樹氷の森が新鮮で美しかった。年甲斐もなくはしゃいでいる自分がいた。初心で迎えた19年前のときめきが蘇った。1年が瞬く間に過ぎてゆくこの頃。1年をこんな風に過ごせたら、毎日が物語で1年が子供の頃のように長いに違いない。老後の年月に何が大切かを知る事が出来た。「今年も八甲田山に行ってきたよ」妻の墓前に報告です。