過去のことであるが、5年間毎年決まった日に三ツ岩岳へスキー登山をした。培ってきた経験や知識では理解できない人々との交流で多くのことを学んだ。猟師の板には5センチほどの幅でシールが埋め込まれていた、毎回ゲレンデのパトロールの制服で参加の人が居た。江戸時代にも遡る津軽藩と南部藩との確執を、今の事のように、とうとうと語る弘前の人、青森は弘前の漁港だそうだ。とんきん竹のストックを股に挟んでゲレンデを一直線に滑っていった人。リーダーと思っていた会長さんが登山口で、後はよろしくと帰って行った。樹氷が素晴らしかった、登りでは大きく迂回して避けて通る吹きだまりの大斜面では、今の幅広の板では感じることの無い深く潜った底からの浮遊感を当時の細い板で感じた。スコップで掘り起こして入り込む避難小屋はいつも安らぎの時をくれた。景色がどうであったか、雪質がどうであったか、天気がどうであったか、それはどうでもよい小さな事で、そんなことで一喜一憂していてはまだ本当のスキーの楽しさが分かっていない。それ以来私は山がどうであったかを心に刻んでいる。それだけでスキーの世界が変わった。 雅