西上州の山里、上底瀬に下り立ち、畑仕事をしていたおばさんに道を聞いたことがある。すぐ下の集落である下底瀬にある筈の登山口の様子を知りたくて。「2年ばかり出たことがないから分からないなー」車なら数分、充分歩いて行ける距離である。入口に立って見渡せば全てが視界に入るような、谷間の狭い集落から全く出る必要が無かったのであろう。毎日を満足して生活し、出かけようとも出かける必要も無かったのであろう。人の楽しみや不自由さは、他人には分からない。ましてやそこの暮らしの幸不幸など通りすがりの我々には知るすべもない。ただ、刺々しさのない安らかな風景の中で緩やかに流れる時を感じ、穏やかな人たちに出合う時、桃源郷は人の営みの中にこそある、と思うのである。房総には山間に隠れたようなそんな集落が多い。日向畑、高瀬、法明、梨沢。ひと冬を水仙の香りに包まれて過ごす人々の穏やかな佇まいに、いつも癒されて都会に戻る。私の心象風景がいつまでもそこにあることを願って、今年も水仙の道を辿った。